絹うたさんの体験記

 
 右足人工股関節全置換術 (2008年4月) 



                                     
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右股関節の手術を終えて

                        絹うた

   私は、今回マリコさんにS先生をご紹介いただきまして
   4
月7日
に我汝会S病院で手術をし、26日に退院しました。

    体験記などとおこがましいですが、ちょっと今までの経過などを
    書かせていただきたいと思います。

   私は、札幌在住の59歳。19歳のときに交通事故に遭い、その時は
  大したことはなかったのですが、その後に腰が痛くなり、
  手術をしたのですが神経にさわり、それから
3年半23歳まで、
  入退院のくり返しで、もう一度腰の手術をして退院をしました。
  それから、
35年以上、週に2回はマッサージに通っております。

  股関節が痛くなり始めたのは、今思いだすと、もう6年前ぐらい
  になります。時々、歩く第一歩の時、かくっとなりまして、
  どうしたのかなと思いましたら、そのあとはすいすい歩け、
  気のせいかなと思っていました。

   4年前に、母が(今は他界していますが)、腎臓ガンから
  骨に転移し、右股関節にも転移して、A整形で人工骨頭を
  入れていただきました。
  母に付添っていたとき、急にまた歩けなくなり、
  A先生に診ていただいたところ、変形性股関節症でいずれ
  手術だよと言われていたのですが、その時は
  「やせることしかない」と冷たく言われたことしか記憶がなく、
  今回痛くなった時に、昔の日記を見て、「ああ、この頃から
  だったんだ」と改めて思いました。

   昨年末から、だんだん歩くと、右の太ももの前の方が肉離れの
  ように痛くなり、歩くのが困難になりました。
  それでも腰からきている痛みかなと思い、でも足の付け根が
  痛いし、どうしたのだろうと思い、近くの整形に行きましたら、
  右股関節が壊死していると言われ、骨きり術(自骨の手術)
  をした方が良いと言われ初めて聞く病名でびっくりし、
  どうしたらいいものかなと考えている時に、母が手術したときに、
  隣のベッドにいらしたSさん(股関節の手術を何回も体験して
  いる方)にとてもお世話になり、その方が確か同じ病名だった
  ことを思いだし、図々しくもお電話をして経過を話し、
  相談してみました。

    そうしましたらSさんが、友人でとても詳しい方がいらっしゃる
  のでと言う事で、マリコさんをご紹介していただいたのが
  
2月です。初めてお電話を差し上げたのに、以前からの知り合い
  のように話を聞いていただき、先生にアポをとってくださり、
  当日MRIの予約まで入れていただき、病院までついていって
  くださり、ご親切にただただ頭が下がりました。
   (マリさんも膝の診察があったそうです)

    221日、先生に診ていただきますと、壊死ではないと思う。
  ただ軟骨がすり減ってささくれだっているので、僕は手術を
  した方がいいと思うとの診断でした。腰の手術でこりているので、
  できれば二度と手術はしたくないと思っていたのですが、
  先生の誠実な態度、説得力に思わず「します」と即決で
  決めました。
  先生は「家族と相談しなくていいんですか」と言われたのですが、
  「私の体ですから」と答え、
3月は仕事が忙しいので、4月にと
  お願いしますと、「じゃあ
4月7日にしましょう」と商談(?)が
  あっという間に成立いたしました。
  
診察室から出まして、マリコさんに報告しますと、ちょっと
  驚いていたようですが…。

  4月の手術までの間、いい日もあり、すっと歩けるともうちょっと
  延ばそうかなと思った日もありましたが、さすが
3月末になると
  神経がずきずきと痛み、痛みをこらえるのにつらい日々が続き、
  やっぱり手術をするのに今が「旬」なんだと思うようになりました。

  手術を終えた日は、吐き気がしたり、寒気がしたり、
  一晩は地獄でしたが、次の日から歩行器で歩き、リハビリが
  始まると、日に日によくなっていくのが目に見え、何よりも
  神経の痛みがなくなったのには驚きでした。
  先生は私の骨は立派だというのです。立派な骨はかたいので、
  軟骨がすり減りやすいのだそうです。
  私の人工股関節はチタンでセメントレスの手術を
  していただいたそうです。

  26日に退院をし、家事全般をその日からしていますが、家の中を
  ステッキをつかずに歩くと負担がかかり、痛みが出てまだまだ
  座薬などつかっておりますが、車の運転も近くをしてみて、
  少しずつならしております。

  今日あたりから、腰に負荷がかかり、久しぶりに
  マッサージに行き、湿布をしコルセットをして生活をしています。
  先生は腰は現状維持と言われてましたので、だましだまし生活を
  しようと思っています。何よりも足の痛みはなくなったのですから。

   今回、感じましたことは、病院は1カ所で決めず、
  セカンドオピニオンが必要だということを痛切に感じました。
  私は幸い、Sさんからマリコさんをご紹介いいただき、
  とても信頼のおける先生の手術を受けることができ、
  とてもラッキーだったと思っています。

  最後に、友達の輪じゃないですが、人との出会いってこんなにも
  すばらしく、ありがたいものだと、改めて感じさせられた今回です。
  本当に感謝いたしております。

  つたない体験談でした。  術後検診につづく

                  




         ☆ 母が呼んでくれた病院 ☆
            
            私が手術をした病院は・・・・


   私もとても運命的なものを感じました。病院もそうですが、手術をした日、
  個室が詰め所から遠いので詰め所の近くにと言うことで、入った部屋が、
  母が昔手術をしたときに入った病室もベッドの位置も全く同じだったということです。
  母はこの時は、家で骨折して大腿骨骨折で入院したのですが。兄はそのことにとても
  驚き、(私は麻酔がかかっていまして、そのことはわかりませんでした。)
  母が守っていてくれたんだねと後で言ってました。

 
 それと、私はもう一つ運命的なことを感じますのは、Sさんとお会いしたことも、
  そうだと思っています。母がガンで骨が腐り、右大腿骨置換術をA病院でし、
  同室だったSさんも股関節の初めての手術を旧安井整形でされたということ、
  またSさんの中学時代が学年が違っても、兄と同じ先生が担任だったとのこと。

 
 そして、今回それがご縁でmariさんを紹介していただき、紹介されたその病院が
  元の安井整形だったこと。ただただ驚くばかりです。
  母がガンになってA病院で手術をした時から、私の運命は決まっていたように思います。

      
息子に言わせますと、神のご加護と言うのだそうですよ。


  

  

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