◇ 手術を決めるまで ◇
☆43歳頃から足に違和感が出始め近くの整形外科へ病名は告げられません
でしたが右足骨頭へのお皿のかぶりが悪いと言われました。
まだ若いと言うことで手術は勧められませんでした。
プールへ行ったり椅子に座って足上げをして筋力をつけるようにと言われ
プ−ルに通い週2回ほど1時間くらい歩いたりエアロバイクを30分くらい
していましたが週3回パートに行っていた為プールに行っていると家の
ことをする時間が無くなりプールに行くこと自体ストレスになってしまい
1年足らずでで辞めてしまいました。
その時は痛みも無く普通の生活が出来ていましたし…・
2006年7月股関節専門の病院で診て頂くためA県S病院に検診に
行きました。その時左足は自骨で手術が出来るから左を先にして後で
右足を人工股関節にしたらどうかとおっしゃいましたがあまり痛みも
無かったので手術をみおくりました。
その後もパートに行っていましたが実家の両親が高齢ということもあり
時々実家へ行く為に仕事をやめることを決心し2006年2月25日付けで
辞めることを上司に告げたところ同年2月13日めまい,耳閉感が急に
襲ってきて突発性難聴になり今も両耳難聴と戦っています。
足の為に水中歩行をとプールにもう一度通うことにしたのもその頃です。
痛みが出始め2006年の夏頃から痛みと蛇行が出始め娘と買い物に
行っても座ってばかりで服1枚買うのも見てあげられず可哀想な思いを
させていました。
同年12月S病院へ検診にいき先生は手術を勧められる事は無かったの
ですが、もうこのままでは無理だと思い決心し
痛い方の足から(右足人工置換手術)の手術の予約を入れました。
4月20日に決定。
その時は自骨手術に対して何の知識もなく以前診察に行った時検診に
来ていらっしゃった方は「自骨は大変だよ、5年経つけどまだ調子が
よくないから」と言う言葉で人工の方を先に選んでしまいました。
予約してからも人工は15年くらいしか持たないから再置換を生きていれば
2回はしなくてはならない事に決心が鈍り何度も迷いBBSの皆さんにも
相談しました。そしてセカンドオピニオンを受けました。その先生ははっきり
「手遅れだな,手術はいつにします?」と決定的なことを言われ決心が
つきました。2007年3月中頃だったでしょうか。
それからは前向きになり少しでも筋力をつけないとと思いプールにまじめに
通うようになり入院の日を待っていました。
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