<48才のとき>
1985年3月上旬、当時夫の仕事の関係で東京在住でしたが、自宅近くの
坂を下っていて、突然左股関節に激痛を感じ、近くの整形外科医院で
両側臼蓋形成不全と診断されました(左は手術後6ヶ月は歩けないとの事、
右もあと5年でダメになるとの診断を受けました)。
それまで一度も聞いたことのない病名で、自分は脚が悪いなぞと48才まで
全く知らずに生きてきました。頭の中が真っ白になり、
どうやって自宅に帰ったか記憶がありません。
それ以降、2年間はドクターサーフィン(病院のハシゴ)が始まりました。
各病院で手術の方法が全部異なり、頭の中はパンク状態。
夫や友達から「趣味の病院めぐり」とからかわれ乍も、
自分の体は自分で守らねばと思い、いろいろな雑音は馬耳東風と決め込み、
やっと自分の納得する良い先生にめぐりあい、東京の某大学病院で
手術することを決めました。
<50才のとき>
1987年7月下旬、左臼蓋回転骨切り術(RAO)をし、9月中旬、
手術後52日で退院しました。しかし両松葉杖で、手術した左脚には
体重を1/2しかかけてはダメとの事、自宅に帰ってからの生活を考えると
泣きたい気持ちでいっぱいでした。
退院しても主婦業はなにも出来ず、お風呂も一人で入れず、
途方にくれる始末。夫や友人達に助けられて1年間はなにかと大変でしたが
だんだん回復していきました(現在はこの手術(RAO)後17年になります。
手術直後は26cmの傷口付近全体に強い痺れが出て、
ピリピリして感覚があまりなく困りましたが、少しづつ良くなり、
今は傷口付近に軽い痺れが残っている程度です)。
このようなわけで、64才で右の股関節に痛みが出るまでは
あまり両脚に痛みもなく、親の看護や、夫と2人で国内、海外と
旅行に出かける日々でした。
<64才のとき>
2002年1月中旬、外出先の駅構内で突然右股関節に激痛が生じ、
1歩も歩けずすぐタクシーで自宅に帰りました。
それまで右股関節に痛みが出ることはあまりありませんでしたので、
右股関節が悪かったことなぞ14年間ほとんど忘れていました。
10年以上定期健診すら受けていませんでした。
自宅近くの総合病院で手術をすすめられましたが、その年の4月には
札幌に転居することが決まっていましたし(札幌は私の生まれ育った地)
札幌にすでに自宅を購入済でした。このため、手術は札幌でと思い、
座薬と痛み止めの飲み薬をもらい激痛に耐えつつ頑張りました。
4月中旬札幌に転居後、4日目で札幌市内の某病院に入院
(あまりの痛さで夜も寝られず、寝返りもうてない状態でしたので、
札幌でいろいろ病院調べをしている時間的な余裕はありませんでした)。
入院後1週間目には右臼蓋形成手術。手術後35日で退院。
激痛からは解放されてずいぶん楽にはなりましたが、以後2年半、
右股関節と右膝の鈍痛に毎日のように悩まされて台所に立って
家事をするのがつらくなり、主婦を廃業したい気持ちになりました。
元気で生涯現役と思っていた生活が67才で不可能になりつつありました。
そういう時にある雑誌でI先生の手術方法(MIS)の記事を読み、
実際に先生に手術をしていただいた方のお話もお聞きでき、
また先生の手術の説明会に出席する機会に恵まれ、
手術内容とお人柄に充分納得して手術をお願いすることにしました。
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