お友達のRiさんの入院記録です。      

3年前にプールで知り合ってからのお付き合いです。
私の何倍も、重症の方でしたが、頑張りやさんで、とても前向きな方です。
入院時期が私とほとんど同じで、お互い違う病院でしたが
電話や手紙で励ましあって入院期間を乗り越えました。


はじめまして          

現在47歳!元気いっぱいで動き回っています。  

“遠い幼い頃‥!”

幼い頃は、気がつけばいつも病院のベットの上でした。

退院して家にいてもまたベットの上でした。

父がベットの上で動きやすく、遊ぶ事が出来る様にしてくれて、

動けなくても、折り紙やお人形さんそして幼なじみと結構楽しんでいました。

幼い頃の手術等は良くわからず‥。いつもギブスをしていたと記憶しています。

病名は病的右股関節脱臼との事で、いろいろな手術を繰り返しました。

ですから、私の右骨頭はありません。しかし

右足の支えがなくても、退院後ずっと普通に過ごしていました。

“左足のショック‥!”

3年前頃かしら‥。

今まで何気なく右足をかばって歩いていた左足に異変がやって来ました。

あれっ!左足が前に進まないのです。

まさか〜。冗談でしょ〜。それでも最初はゆっくり歩く事は出来ました。

それが、杖がなければ自分の身体を支える事も出来なくなりました。

痛みは何とか我慢は出来るし、どんな事があっても手術は絶対にするものか‥と。

“出逢い‥!”

プ−ルは初めてです。

水中ウォ−キングでのお喋りで‥。

m:「病院は何処に行っているの?」

私:「行っていないよ!」

m:「え〜っ!病院くらい行かないとダメだよ。」

それでも行かないと‥。

m:「行った方がいいよ!」 「行って来たかい?」

私:「いや、行ってないよ!」

m:「え〜っ!どうして行かないの?」 「来週は必ず行くんだよ!」

やっと足を引きずっての毎日から、やっと病院に行く気持ちになりました。

その後プ−ルから出て、ドライヤ−をかけていると‥。

h:「病院行っているの?辛そうに見えるから、騙されたと思ってA病院へ行って診たら?」

私:「でも見た目よりは大丈夫なの!そのうちにね!」

‥等とても周りに恵まれていたと思います。

心の中では「いやだあ〜!絶対手術はするものか!」と叫んでいたが、

だんだん痛みも動きも状態も深刻になりました。

“2度目の決断‥!”

現在の状態では末期で人工股関節置換術しかなく、今すぐの方が良いとの事でした。

何箇所か診て頂いた病院の中から、H138月にA病院で手術を考える事にしました。

手術は10月末予定でしたが、まだ歩けると思いキャンセルしたのです

しかし、足が前に進まない所か、膝や全身に痛みと腰を曲げての動作も出来ません。

それで10月末に再度行ったのですが、着いてもUタ−ンして帰りかけたのです。

でも考えなければならないと思いやっと決断し、翌年の1月に予約しました。

その時、もう一人の私が「もうキャンセルは出来ないのだからね。」と‥。

そうして自己血を入院2週間前に400ccと入院した日に400cc採血したのです。

 “手術前の夢‥!”

手術の前夜9時より絶食、当日8時から絶飲で、浣腸をしトイレが終わると病衣に

着替え点滴をする。基礎麻酔後、手術前にもう1度トイレに行きT字帯をする。

貴重品は家族に預け、手術室では看護婦さんの指示に従う。

‥と予定表を繰り返し読みながら床につきました。

手術前日に友人が来て笑って楽しく過ごしたお陰でとても良い夢を見ました。

私の足が治って、歩いたり走ったり、階段の昇り降りをしたりしているのです。

嬉しいな〜。もう歩ける〜。そうして朝になったのでした。

入院した日はナイ−ブになりウルウル状態で帰ろうと思っていたのにね‥。


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